はじめに

人間には、ふたつの年齢があると思う。

ひとつは『実年齢』、もうひとつは『親年齢』と私は思っている。『実年齢』とは、自分の本当の年齢。『親年齢』とは、子供が10歳なら親も10歳。つまり、親は子どもと共に成長するということではないかと思う。

私には一人娘がいて(名前:泉)、今、中学2年生である。よって、私もまだ14歳で、親として、人間として、これから成長していかなければ…と思っている。

親となり、14年の月日が経った今、子育てをしていく中で私自身、また娘が努力し、頑張ったことが「歯列矯正」である。およそ7年、矯正してきたが、この間の私たち親子のかけがえのない体験、そして大きな喜びを、矯正を考えている皆さんに伝えたい…。

そんな思いで、ペンを執ることにした。

指しゃぶり

娘は、2歳ごろから急に『指しゃぶり』をするようになった。最初は右手の親指。それから1年後は、左手の親指。なぜ左手の親指になったかというと、右手でオモチャや鉛筆、ペン…を持つようになったからだと思う。

遊びに夢中になると『指しゃぶり』はストップするが、また、いつの間にか音が出るほど指を吸うようになった。夜も寝るまで「チューチュー」と吸っていた。俗にいう『吸いだこ』が親指にできていた。冬になると、『吸いだこ』からは血が滲んでいた。『指しゃぶり』が終わり熟睡している娘の寝顔を見て…可哀想に、と胸の締め付けられる思いがした。

『指しゃぶり』は歯並びを悪くする…ということを、以前読んだ育児書に書いてあったので、この頃から私の心配と不安は募るばかりであった。

歯列矯正をすすめられて

私たち家族の主治医である阿波市市場町:岩脇歯科医院、岩脇光治院長先生。大変、ご立派な先生である。歯科医師として全幅の信頼を寄せ、またご尊敬申し上げているが、それ以上にお一人の社会人として、また人生の先輩として、お人柄の素晴らしさに感銘を受けている。

そして、岩脇院長先生の奥様でいらっしゃる岩脇美可副院長先生に、娘の主治医としていつもお世話になっている。美可先生はとても素敵な先生で、私は同じ女性として憧れ、また未熟な母親の私にいろいろな事をご教示くださる、ありがたい私の『師』である。

副院長先生には、どれだけご迷惑をお掛けしたことだろうか。申し訳ないと思う私の心中をお察しくださり、いつも笑顔で迎えてくださる先生。ただただ、感謝の気持ちでいっぱいである。

こうしてお世話になっている副院長先生が

「口に対して歯が大きい。また、指しゃぶりもするので、矯正を考えたらどうですか?」

と、勧めてくださった。娘が6歳であった。私は、すぐにでも…と思ったが、肝心の娘は

「イヤ!」

の一言だった。

私は説得を続ける毎日。諦めてはいけないと思い、娘の様子を見ながら私の『説得』は続いた。ふりかえると、10ヶ月…経っていた。

そして、私の努力はついに実った。小学校に入学しての初めての夏休み、娘が突然

「ママがそこまで言うなら、私、本当は行きたくないけど、行ってみる」

このように言った。私は心の中で思わず「ヤッター!」と叫んだ。すぐ岩脇先生に連絡し、紹介状を用意していただいた。

「頑張って、行ってきて」

岩脇先生の一言に励まされ、紹介状を持ち、娘の手を引き、向かった先は『クレメント矯正歯科』だった。

初めて訪れた『クレメント矯正歯科』

平成20年8月28日、小学校1年生の夏休みも終わりに近づいた時、娘と初めてクレメント矯正歯科へ行った。信頼する岩脇先生のご紹介なので、安心してお世話になることが出来た。

勝瀬昭三郎院長先生、奥様、そしてスタッフの皆さまが、私たち親子を笑顔で迎えてくださった。緊張していた娘の顔が、少しほころんだ。ここで、私が不安に思ったりしていたら娘も不安になると思い、努めて冷静に、そして今日から始まる長い道のりの『矯正』を真正面から受け止めることにした。

先生からたくさんの説明を受け、娘は

「歯みがきがんばります」

と約束し

「おおもと いずみ」

とサインした。

少しずつ進んだ矯正

「無理をせず、泉ちゃんが嫌がることはしないで、ゆっくり進めていきましょう」

と、勝瀬先生がおっしゃった。有り難いお言葉であった。

口の中が狭いため、歯の型を取るのでも一苦労だった。最初は夜、寝るときの装置ができた。嫌がり、なかなか入れようとはしなかった。しかし、何でも無理をせず『待つ』ことでそれは解消出来た。

確かに、大人である私も、寝るとき口の中に装置があれば気になり、寝ることが出来ないと思う。娘の心に寄り添い、理解することに努めた。私の気持ちは娘に通じるのか、少しずつ、夜寝るときの装置が出来るようになった。

こうして、一歩進んでは二歩下がりながら…勝瀬先生のお蔭で確実に矯正は進んでいった。

小臼歯抜歯

小学校5年生の夏休みを利用して、口の中に少しでもスペースを設けるために、小臼歯抜歯に臨んだ。今までの治療の中で、私が精神的に一番『キツイ』と感じた。乳歯を抜歯するときは、また次に永久歯が生えてくる…。そんな思いだった。しかし、永久歯である『小臼歯』を抜歯しなくてもいい…という選択肢もあった。

正直、迷った。勝瀬先生のご説明を受け、抜歯することにした。親として、大変大きな決断だったように思う。

この段階では、まだ娘は「イヤ」と言っていた。以前と同じく、私が不安になると娘も不安になる。私は努めて平静を保った。そして、勝瀬先生からお聞きしたことを、娘が理解できるように、私の言葉で説明した。すると、娘は

「岩脇先生に電話して!」

と、言った。すぐ抜歯の予約をした。

そして予約の日、私は朝から胸の高鳴りを感じた。落ち着いて…と自分に言い聞かせた。今一度娘を納得させ、岩脇先生の元へ向かった。不思議なことに、私よりも娘の方が落ち着いているように思った。

岩脇先生の所へ到着。私の不安と心配は、岩脇先生の優しい包容力で全て吹き飛んだ。

あっという間の抜歯であった。ここでも、ひとつ学んだことがあった。抜歯したところ、血が止まりにくかった。それは、娘の偏食が原因だろう…と、岩脇先生がおっしゃった。確かにその通りで、肉類と野菜が嫌いだった。

次の抜歯までに、ビタミンやミネラルの摂り方についてご教示くださった。早速、食事に気を配った。

そして1ヶ月後、2本目抜歯。『見事』に血はすぐ止まった。岩脇先生に「感謝」であった。

このようにして、夏休みと春休みを利用して最大の山場であった『小臼歯抜歯』は終わった。

麺類を食べれた喜び

小臼歯を抜歯してから半年。歯がきれいに並び始めた。娘が一番喜んだことは、大好物の『麺類が食べれた』ことである。

開咬のため前歯で麺類が噛めないので、食べたいけれど…食べれない現実があった。そうめんにラーメン。何気なく食べることが、娘にとっては

「食べる喜び、食べれる喜び」

となった。娘は、言った。

「小臼歯、抜いてよかった」

満面の笑顔であった。この言葉を聞き、私は嬉しさのあまり熱い涙が頬を伝った。

小臼歯抜歯…。親子で、どれだけエネルギーを使っただろうか。それは、決して苦労ではなかった。親子の『絆』をより深める、人生のひとつの通過点であった。

歯みがき大好き

歯がきれいに並び始めた頃から、今まで嫌がっていた『歯みがき』が大好きになった。「きれいになった歯を守るためにみがく」その心が芽生えたようであった。

「食べたらみがく」むし歯とは、無縁になった。歯ブラシまでこだわり、2本の歯ブラシを上手に使い分け、みがいていた。学校に行くときはもちろん、出かけるときはいつも『歯ブラシセット』をカバンの中に大切な持ち物として入れていた。女の子なので、歯みがきが終わったあと、鏡でチェック。思春期をむかえ「美意識」が高まったように思った。「美しさ」を意識する。母親にとって、大変嬉しい出来事であった。

装置を外した感想

平成27年3月。娘13歳。中学1年生から2年生になる春休みを利用して、長年付けていた装置を全て外した。装置を外したら、歯みがきがしやすい…と言って喜んだ。

しかし、長年にわたり付けていた装置なので、外すとき少し寂しかった…と言った言葉が印象的だった。

装置を付けていたときは、食べ物にも気をつけた。柔らかく、粘り気のあるもの。例えばおもちやキャラメル等…。親子で我慢していた。もちろん食べても大丈夫であるが、娘は

「装置が外れたら困る」

そう言って食べようとはしなかった。

おわりに

矯正を始める前と今の写真を比べてみると、この7年の努力が手に取るように分かる。知り合いの人に会えば、

「泉ちゃん、顔が変わったような気がする。綺麗になったね」

と言ってくれる。すると、娘はすかさず

「矯正したから」

と自信を持って言うようになった。

また、矯正していて小臼歯抜歯に悩んでいる友だちに会うと

「それは、抜いた方がいいよ」

と抜歯を勧めるほどになっていた。

「怖いけど大丈夫。頑張って」

と励ますこともあった。これは、努力したから、頑張ったからこそ言える言葉だと思った。

ここまでの長い道のりを、岩脇先生、勝瀬先生にどれだけお世話になっただろうか。私たち親子を励まし、支えてくださった両先生に、心からお礼を申し上げたい。両先生との出会いがなかったら、今日はなかったと思う。

娘は、今ではとても明るくなり『輝く笑顔』となった。この『輝く笑顔』をいつまでも保ち続けて欲しいと願っている。

今、矯正をしている、またこれから矯正を考えている皆さんに、私からの願いがある。矯正の途中で、いくつか乗り越えなければならない山がある。子どもが嫌がるから、また、嫌がって可哀想だから…と、すぐ諦めないで欲しい。勝瀬先生を信じ、子どもさんを信じて、ゆっくりでいいから進んで欲しいと思う。

娘の矯正は、まだしばらく続く。きっと将来…あのとき頑張っていてよかった、と思う日が来ると思う。私の願いはひとつ。娘にはこの頑張りをお導きくださった

『岩脇先生』『勝瀬先生』

に対する、ご恩を忘れずに成長して欲しいと思う。私も、親としてひとりの人間として、両先生に少しでも近づけたら…と思っている。

『輝く笑顔』のために…心も共に成長する。これが、何より大切なのではないだろうか。この7年をふり返って、今…私が思うことである。

大本 由紀子

私を成長させてくれた矯正

私は今、鏡を見て自分の顔を、そして綺麗に並んだ歯を見るのが、とても好きで、楽しみでもあります。小学校1年生の夏休みから、矯正を始めましたが、『矯正』をして本当に良かったと思っています。

最初は装置を入れるのが、とても嫌でした。つらいことも、たくさんありました。しかし、途中で止めようとは思いませんでした。岩脇先生や勝瀬先生、そして、母が私のために頑張ってくれていることが、次第に分かってきたからです。両先生には、本当にご迷惑をお掛けしました。

今では、友達や知り合いの人が、

「泉ちゃん、きれいになった」

と、言ってくれることが、何より嬉しいです。自分でも、頑張って良かった…と、思っています。

綺麗に並んだ歯のために、食事やおやつの後には、必ず歯みがきをしています。食べて、歯みがきをしなければ、気持ち悪い…そんな感じがします。以前は、歯みがきが嫌いだったのに、不思議です。

しばらく、矯正は続きます。完璧になるまで、頑張るつもりです。大好きな勝瀬先生やスタッフの皆さんに、これからもお世話になれることが、幸せです。

そして、私に『矯正』を勧めてくださった、岩脇美可先生に、心から感謝しています。有難うございました。

大本 泉